わたし、がんになって良かった。3

 

母、そして父へのがん報告の後、私はいつも通りの日常を送っていた。いや、いつもと違うことがひとつあった。

それは、秋からオープンする予定のサロンの準備だった。

仕事と家の往復はいつも通りの日常だったが、今秋から独立してサロンを開く予定だった。そして、それに伴って、大学時代からの友人と同居を始めようとしていたところであった。

そんな慌ただしい日々のなかでのがん報告。

 

クリニックでは、「紹介状を書きますから、すぐに大学病院に行ってください」

と言われ、両親に報告し、私は、後日大学病院へ行くことにした。

当日。何をされるかも何を言われるかも分からないまま、私は大学病院にいた。私の順番が来ると、診察が始まった。

 

今思い出してもぞっとするのだが、「がん」を調べるための婦人科独特の診察台で診察される。それから先生に見せられた、一枚の写真にそれは映っていた。

 

「これ、がんですね」

驚くほどさらっと言われるのだ。

 

「高度異形成と上皮内がんということで、これ、手術して取る形になるので」

「ど、どんな手術になるんですか?」

「円錐切除と言って、子宮の入り口を円錐型に切除するものだよ。一番簡単な手術だから安心して」

 

切除? いや、確かに切除なんだろうけれど。切除、するのかあ……。

私は黙り込んでしまった。その写真には、私の「がん」がはっきりと映っている。

 

「じゃあ、手術日決めてください」

えっ、もう決めるの? 何にも決断できてないのに? 私は先生に言った。

 

「これ、もうすこし待つことってできませんか?」

けれど、先生は言う。

 

「待つのは大丈夫だけれど、がんだからやらなきゃいけない手術だよ」

「そうなんですね……あの、家族とも相談したくて、色々と」

「そしたら、次回に日取りを決めましょう」

 

先生との話が終わり、私は再び大学病院に行くことになった。

あまりにも淡々とした話と内容と対応で、混乱というより、私の中では恐怖と冷たさしか感じなかった。

病院なんてそんなものだと頭では理解していても、自分のこの歳でがんになり、不安でしかないこの状況で、じゃあはい、手術します、この日にします、とは即決できなかったのだ。

大学病院の先生にも、「早く手術することをオススメします」と言われた私。

 

診察室を出ると、診察待ちの女性たちがたくさん待っていた。その光景が目に焼き付いている。

先生も多くの同じ頸がんの患者をたくさん見てきているのだろう。

だから、早く手術した方がいいよ、と言われる意味を、私はこの後すぐに知ることになるのだった。

 

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ABOUTこの記事をかいた人

藤村 菜生 Nao Fujimura

上京と共に大学進学、アパレルの勉強の途中で美容業界に惹かれ、学生時代からセラピー技術を勉強する。
卒業後、美容部員、エステティシャン、セラピストを経て、ファスティングに出会う。当時、重度の花粉症やハウスダストのアレルギー症状に悩まされていたが、ファスティングをして改善。また、10kgのダイエットにも成功。
その後、婦人系のがんが発見され手術を宣告されたが、ファスティングを取り入れたメソッドを行い、手術をせずにがん陰性に戻した。
現在は、健康でありつつ綺麗を楽しむことモットーにファスティングや食育を広めつつ、日本の「和」の魅力も発信中。
好きなものは、犬、着物、日本酒お寿司、赤ワイン焼肉、京都。