わたし、がんになって良かった。6

 

私が連絡した理事長の先生は、私が資格を取ったときに知り合いになった、尊敬している女性の先生でした。

ファスティング に詳しいことはもちろんでしたが、女性というのも大きかったのだと思います。

なんせ「子宮のがん」ですから、気軽に人には言えない思いがありました。

これも後述しますが、子宮頸がんの検査に行かない人が多く、また傷つけられる人が大勢いることも、このがんになってから身を以て知りました。

 

私は理事長先生に経緯をLINEで伝えました。

そしたら、東京にいるときがあるから会おう、そう言ってくれたのです。

私は会うことをすぐに決断し、理事長先生と東京駅で落ち合いました。

 

 

会うなり理事長先生は、「大変だったね」と声をかけてくれました。

久しぶりの再会でした。

私は先生に、最初から話しました。

子宮頸がんと判断されたこと。手術を年内にしなくてはいけないこと。

年内どころか早めにやらないといけなく、一ヶ月後には手術日を決めなくてはいけないこと。

それでも、どうしても手術がしたくないこと。

手術後のリスクのこと。仕事があるということ。サロンをオープンする予定のこと。

 

そして、手術をしない方法として

「ファスティング 」があるということ。

 

理事長先生は、全部真剣に聞いてくれました。

とある平日の午前中。東京駅の中はまだカフェが空いているところも少なく、なんとか探した小さなランチができるお店で私たちは話していました。

そして「ファスティング 」の話をすると、先生はこう言いました。

「実はね、今度医療機関として初めてのファスティング 専門のクリニックができるのよ。良かったらそこを紹介するから、相談してみたらどう?」

すっごくタイミングがいいね!

そう続けられました。

 

2015年9月。私ががんを宣告されたその月。

なんと本当にタイミングが良いことにファスティング マイスター学院の監修・指導もされ、ファスティング を普及された山田豊文先生の監修が入ったれっきとした病院ができたということなのです。

しかも、がん専門です。

私はそれを聞いて、希望の光がほんの少しだけ、ほんの少しだけ見えるような気がしてきました。

今思えば、何もかもタイミングが重なっていたように思えます。

私は、理事長先生にクリニックを紹介していただくことになり、私はクリニックにアポを取りました。

 

ここから、私とファスティング での「がん闘病」が始まりました。

 

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ABOUTこの記事をかいた人

藤村 菜生 Nao Fujimura

上京と共に大学進学、アパレルの勉強の途中で美容業界に惹かれ、学生時代からセラピー技術を勉強する。
卒業後、美容部員、エステティシャン、セラピストを経て、ファスティングに出会う。当時、重度の花粉症やハウスダストのアレルギー症状に悩まされていたが、ファスティングをして改善。また、10kgのダイエットにも成功。
その後、婦人系のがんが発見され手術を宣告されたが、ファスティングを取り入れたメソッドを行い、手術をせずにがん陰性に戻した。
現在は、健康でありつつ綺麗を楽しむことモットーにファスティングや食育を広めつつ、日本の「和」の魅力も発信中。
好きなものは、犬、着物、日本酒お寿司、赤ワイン焼肉、京都。